大判例

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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)428号 判決 1998年9月16日

原告

永須浅子

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

水野幹男

西尾弘美

被告

秋田運輸株式会社

右代表者代表取締役

後藤繁樹

右訴訟代理人弁護士

二村豈則

主文

一  被告は、原告永須浅子に対し金六二一万四三四〇円、原告永須千絵及び原告永須竜吾に対し各金三一〇万七一七〇円及びにこれらに対する昭和六三年一一月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  (一)、(二)を選択的に求める。

(一)(1) 被告は、原告永須浅子(以下「原告浅子」という。)に対し金一七〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 被告は、原告永須千絵(以下「原告千絵」という。)及び原告永須竜吾(以下「原告竜吾」という。)に対し各金八五〇万円並びにこれらに対する昭和六三年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)(1) 被告は、原告浅子に対し金二七〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 被告は、原告千絵及び原告竜吾に対し各金三五〇万円並びにこれらに対する昭和六三年一一月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

(一)  被告は、貨物運送を業とする資本金一〇〇〇万円の株式会社である。

(二)  永須和明(以下「和明」という。)は被告に自動車運転手として勤務していた者であるが、昭和六三年六月九日午前六時三〇分ころ、大型貨物自動車を運転して長野県飯田市山本地籍中央自動車道西宮線下り線高井戸起点257.3キロポスト付近にさしかかった際、前方に停車中の大型乗用自動車(観光バス)に追突し(以下「本件事故」という。)、同日午前六時五七分、脳挫創等により死亡した。

(三)  原告浅子は、和明の配偶者であり、原告千絵及び原告竜吾はいずれも和明の子である。

2(保険契約及び保険金の受領)

(一)  被告は、三井海上火災保険株式会社(以下「三井海上」という。)との間において、和明が本件事故当時運転していた大型貨物自動車(尾張小牧一一か二一六八)について一般自動車保険契約(以下「本件自動車保険契約」という。)を締結していた。

本件自動車保険契約においては、和明の相続人が保険金の支払請求権を有する約定であるところ、被告は、昭和六三年一一月二五日までに、本件自動車保険契約に基づく自損事故保険金一四〇〇万円を受領した。

(二)  被告は明治生命保険相互会社(以下「明治生命」という。)との間で、昭和五〇年一〇月一日、被告の全従業員を被保険者、被告を保険金受取人として、一年定期の団体定期保険契約を締結し、以後毎年更新し、昭和六二年一〇月一日にも、右団体定期保険契約を更新した(以下「本件団体定期保険契約」という。)。

和明が死亡した昭和六三年当時、その保険金総額は、主契約一八億五五〇〇万円、災害保障特約一八億五五〇〇万円で、合計総額三七億一〇〇〇万円、保険料月額六九万五六二五円であった。

そして、和明の保険金額は、主契約一〇〇〇万円、災害保障特約一〇〇〇万円であった。

被告は、右契約に基づき、昭和六三年一一月二五日までに保険金二〇〇〇万円を受領した。

3(本件自動車保険契約の自損事故保険金の原告らへの帰属)

自損事故保険金は、自損事故と判定されて自賠責保険金の支払を拒否された場合においても、死亡した被保険者の遺族への保障を確保する趣旨で支払われるもので、自動車保険普通保険約款第二章第五条には、自損事故保険金は「被保険者の相続人に支払います。」と規定されている。

本件事故についても、自賠責保険金の支払は拒否されているので、右のとおり支払われた自損事故保険金一四〇〇万円は、法定相続分に従い、原告浅子にうち七〇〇万円が帰属し、原告千絵及び原告竜吾に各三五〇万円が帰属する。

4(原告らへの本件団体定期保険契約による保険金の帰属)

(一)(死亡保険金を和明の相続人に支払う旨の合意)

本件団体定期保険契約について和明が商法六七四条一項本文所定の被保険者としての同意をした際、同人と被告の間で、死亡保険金は和明の相続人に支払う旨の合意がなされた。

したがって、原告浅子には、前記保険金二〇〇〇万円のうち一〇〇〇万円、原告千絵及び原告竜吾には各五〇〇万円が帰属する。

(二)(団体定期保険の趣旨及び目的と本件団体定期保険契約の保険金が遺族に帰属すること)

団体定期保険契約は、もともと従業員の福利厚生を目的とするものであるから、明治生命と本件団体定期保険契約を締結した被告は、これと同時に、個々の従業員(遺族)に保険金を請求する権利を付与する旨の意思表示をしたものと解すべきである。

(1) 団体定期保険は、従業員の福利厚生のため、特に在職中に従業員が死亡した際の遺族の生活保障を目的とする保険制度であり、企業は、内部的な福利厚生の規定や制度の受け皿となる経済的制度として団体定期保険を利用するのである。

ところが、企業がこの保険金の大半を遺族に渡さずに取得してしまったり、従業員を殺害して保険金の取得を企てるなど団体定期保険制度の濫用的な事例が後を絶たないことから、大蔵省の行政指導が強化され、これに伴って、昭和五三年ころ以降の団体定期保険の申込書には、申込みの趣旨を確認するため、「契約申込の趣旨」として「本契約は次の福利厚生制度との関連において申し込みます。1弔慰金制度 2退職金制度 3その他」との項目が設けられているのであり、このことからも団体定期保険が従業員の福利厚生以外の目的に利用されることは予想されていないことが明らかである。

なお、被告と明治生命との本件団体定期保険契約について、契約開始当初の昭和五〇年九月二五日付け契約書には右の「契約の趣旨」欄の記載はないが、これは前記の大蔵省の指導により、団体定期保険の本来の趣旨及び目的に沿った運用を強化するために契約書の様式が改定されるより前のものであるためであり、団体定期保険が従業員の福利厚生のためであるという本来の性質自体は昭和五〇年の時点でも変わりがない。

以上のように、団体定期保険は、従業員とその家族の生活保障のため、弔慰金及び退職金等の支払を目的として利用されるものであって、保険金額を上回る弔慰金規定が契約時点で現に定められているなどの合理的理由に基づいて企業と従業員間に特別の合意が存在するなどしない限り、企業に支払われた保険金は、原則として従業員もしくはその遺族に帰属するものであり、企業は同人らに保険金を引き渡す義務がある。

なお、保険金受取人が企業とされるのは、団体保険の性質上画一的な指定とせざるを得ないためであって、保険金の最終的な帰属の解釈には影響を及ぼさない。

(2) 商法六七四条一項は、他人の生命の保険契約においては、被保険者の同意が必要であるとする。これは、不当な利益を得る目的に利用される危険性の排除、道徳的危険性の排除及び人格権侵害の危険性の排除を目的とするものであるが、右の同意主義の意義は、実質的に考えられるべきであって、企業と保険会社間の保険契約自体の規律に止まらず、企業と従業員(遺族)間の保険金の帰属関係についても、指針とすべきである。

右の観点からすれば、被告が本件団体定期保険契約によって利得をすることが許されないのは明らかであり、右の団体定期保険の趣旨に鑑みれば、被告は明治生命との間で本件団体定期保険契約を締結するのと同時に、従業員に対して保険金の支払を請求する権利を付与する旨の意思表示をしたものと解すべきである。

(3) また、被告は明治生命と昭和五〇年から本件団体定期保険契約を締結し、以後毎年これを更新し、昭和五六年からは、和明も被保険者の加わったものであるところ、遅くとも昭和六二年の契約更新の時点では、前記改定後の申込書記載のとおりの約定によって、弔慰金、退職金の支払のため本件団体定期保険契約を締結したものと解すべきであり、かつ、これと同時に従業員に保険金を請求する権利を付与することを意思表示したものである。

(4) なお、本件団体定期保険契約がいわゆるAグループ保険であるか、Bグループ保険であるかは、保険金の受取人の決定に影響を及ぼさない。保険金を全額会社が負担している場合においても、従業員の福利厚生という団体定期保険契約の趣旨目的からして会社が保険金を取得することはできず、保険金は弔慰金もしくは退職金として、従業員の遺族に引き渡されるべきである。しかも、本件団体定期保険契約では、和明は一か月当たり一〇〇〇円の保険料を負担していたのであり、典型的なAグループ保険にはあたらない。

(三)(被告を受取人とする指定の無効及び約款による遺族への保険金の帰属)

(1) 商法六七四条一項は「他人ノ死亡ニ因リテ保険金額ノ支払ヲ為スヘキコトヲ定ムル保険契約ニハ其者ノ同意アルコトヲ要ス」と規定し、商法六七七条二項は、保険金受取人の指定又は変更について商法六七四条一項を準用している。

したがって、被保険者の同意がない場合は、生命保険金の受取人の指定は無効である。

仮に被告と和明が、本件団体定期保険契約の保険金を被告が取得する旨の合意をしたとすれば、右の受取人の指定に関する合意は、以下の事情に照らして信義誠実の原則及び公序良俗に反して無効である。

① 右合意は、和明の入社時という立場の弱い時点において、被告の福利厚生制度について説明のないままなされたものであること。

② 被告は事故の補償問題を口実に、従業員を被保険者、保険金受取人を被告として本件団体定期保険契約を締結しながら、さらに保険料のうち三分の一にあたる月額一〇〇〇円を和明に負担させていること。このことは、賠償予定を禁止した労働基準法一六条にも違反すること。

③ それにもかかわらず、被告は保険金及び配当金を受領し、そのうえ被告が保険料全額を負担していることにしてこれを損金に計上し、団体定期保険が被保険者である従業員の福利厚生、生活保障を目的とするからこそ認められている税法上の特典を不当に享受していること。

④ その保険金の額も、被告の社内規定で定められた五万円ないし五〇万円の死亡贈与金の額をはるかに上回るもので、被告が不法な利益を得ようとするものであり、その動機自体が違法であること。

⑤ 本件団体定期保険契約の保険金を被告が取得することは、団体定期保険の本来の趣旨を逸脱し、被告に不法な利得を許すことになり、商法六七四条の同意主義、即ち、保険金目当てに被保険者の生命を害しようとする危険性や、いわゆる賭博保険の危険性及び他人の生命を取引の対象とする人格権侵害の可能性を排除しようとする立法の趣旨を空文化するものであること。

(2) 本件団体定期保険契約の普通保険約款三五条においては、受取人の指定がない場合は、被保険者の配偶者、子、父母、祖父母、兄弟姉妹の順位に従い、受取人が指定されてあったものとする旨規定されている。

普通保険契約約款は、保険契約の定型的内容を表示し、保険営業免許としての届出、その変更認可等、国家の監督的作用により合理性を保証されており、保険関係者の団体内部における法規的性格も持つに至り、保険関係者は契約締結と同時にこれに拘束されるものである。

また、生命保険契約のような附合契約にあっては、契約者が当該約款の内容を知っていたと否とにかかわらず、またそれによって契約する意思を有していなかったとしても、約款によらない旨の明示の意思表示のない限り、その約款全体を内容とし、かつ、これのみによる契約が有効に成立するとの取扱いが商慣習法として定着しているものである。

(3) 本件の受取人の指定は、前述のとおり公序良俗に反し、無効であるから、受取人の指定がないことになり、したがって、右普通保険契約約款三五条により、保険金受取人は、和明の配偶者である原告浅子となり、保険金二〇〇〇万円は原告浅子に帰属する。

(4) なお、商法六七四条一項ただし書によれば、被保険者自身を死亡保険金の受取人とするときは被保険者の同意は不要とされている。この場合、死者が死亡保険金を現実に受け取ることはありえないから実質的には死亡保険金は相続人に帰属することになる。その意味で右規定は死亡保険金の帰属について被保険者本人と、その相続人を同視するものである。したがって、実質的に和明の相続人が受取人となる商法六七四条一項ただし書に該当する本件団体定期保険契約は、被保険者の同意がなくとも有効である。

(四)(本件団体定期保険契約が実質的にはBグループ保険であること)

団体定期保険は、企業単位で一括し、加入する団体保険の一種で、企業の従業員を被保険者として、企業を保険契約者とする保険期間一年の掛け捨ての死亡保険である。

団体定期保険は、掛金を企業が負担するか、従業員が負担するかによって、Aグループ保険、Bグループ保険の二つに分けられる。

Aグループ保険は掛金企業負担の団体定期保険で従業員全員あるいは年齢及び職階等の一定の基準に該当する従業員全員を加入させる団体定期保険である。

Bグループ保険は、従業員の自助努力による保障を促進するため、企業が導入する、掛金従業員負担の任意加入団体定期保険である。

本件定期団体保険契約は、全員加入という点では、Aグループ保険であるが、本件では、掛金のうち、一か月一〇〇〇円を従業員本人が負担し、被告が負担していた保険料は一か月に八万五一七六円であり、被保険者は六一名であるから被保険者一名あたり一〇〇〇円を徴収していたとすれば、大部分の保険料は従業員の拠出によるものである。さらに配当金を被告が取得していたとすれば、被告の負担はさらに少なくなる。したがって、本件団体定期保険契約は、Bグループ保険でもあるといえる。

被告が負担した部分は、和明に対する給与もしくは福利厚生費の支払とみなされる。即ち、従業員の掛金の一部を被告が援助していたものである。

したがって、原告浅子に右保険金のうち一〇〇〇万円、原告千絵及び原告竜吾に各五〇〇万円が帰属する。

(五)(事務管理)

本件団体定期保険契約の締結は、被告にとって他人の事務に該当する。

団体定期保険は、従業員が在職中に死亡した際の遺族の生活保障を目的とし、従業員の福利厚生のために設けられたものであって、本件団体定期保険契約も、従業員に対する弔慰金等の支払を目的として締結されたものであるから、被告は、従業員のために、原告らとの関係においては和明のために、即ち他人のためにする意思をもって本件団体定期保険契約を締結したものと解すべきである。

事務管理においては、これによって受け取った金銭等を本人に引き渡す義務が生じる。

したがって、被告は原告浅子に右保険金のうち一〇〇〇万円、原告千絵及び原告竜吾に各五〇〇万円を引き渡す義務を負う。

(六)(準事務管理)

仮に被告に他人のためという意思が存在しない場合であっても、被告は他人の事務をそれと知りつつ自己の事務として管理したものであり、被告は事務管理者と同一の義務を負う。

(七)(弔慰金規定の制定)

本件団体定期保険契約は、従業員全員について、その福利厚生を目的として締結されたものであるから、団体定期保険契約の締結により、被告は、全従業員のために、従業員が死亡した場合には、当該死亡保険金を遺族に支給する旨の弔慰金規定を明示もしくは默示に制定した。

したがって、被告は、原告浅子に対し一〇〇〇万円、原告千絵及び原告竜吾に対し各五〇〇万円を支給する義務を負う。

5 以上のとおり、本件団体定期保険契約による保険金及び本件自動車保険契約に基づく自損事故保険金は原告らに帰属し、被告にはこれらを取得する法律上の根拠がない。

それにもかかわらず、被告は、原告らに対し、当面の生活費及び香典として合計一八二万二九四〇円を支払ったのみで、右各保険金を引き渡さず、これを利得している。

なお、右自損事故保険金について、原告浅子は、保険代理店の長谷川正明に指示されるまま、右保険金請求手続の委任状に署名、押印したことがあるが、これを被告の損害の補てんに充てる旨の清算合意をしたことはない。

6 よって、原告らは、被告に対し、不当利得返還請求権に基づき、原告浅子に一七〇〇万円、原告千絵及び原告竜吾に各八五〇万円、又は、原告浅子に二七〇〇万円、原告千絵及び原告竜吾に各三五〇万円の返還並びにこれらに対する、被告が本件各保険金を受領した後である昭和六三年一一月二五日から右各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実(保険金支払日を除く。)は認める。

同2(二)の事実のうち、被告が団体定期保険金二〇〇〇万円を受領した事実は認める。

3  同3の事実のうち、本件自動車保険契約の自損事故保険金の受取人が原告ら遺族であることは認めるが、原告らにこれが帰属することは否認する。

4(同4の事実について)

原告らが右団体定期保険金二〇〇〇万円の引渡しを求める法的根拠はない。

(一) 同4(一)の事実のうち、本件団体定期保険契約について、和明の同意のあることは認める。和明の相続人に支払う旨の合意があるとの事実は否認する。

被告の団体定期保険の加入については被告従業員の採用面接時に、まず被告の損害の補てんにあて、余剰があれば見舞金並びに弔慰金並びに弔慰金にあてるとの趣旨を説明しており、団体定期保険の加入について従業員の同意と被告が保険金を受領する旨の了解を得ている。

(二)(1)(同4(二)の事実について)

本件団体定期保険契約は、Aグループの保険契約である。

右保険申込の趣旨は、トラック運送業の事業の性質上、運行中の交通事故の発生が避けがたいため、このような事故により、被告が加入する任意保険等で被告の損害が完全に補てんされない場合に備え、右保険の保険金をもって損害を補てんし、剰余があれば、被災従業員等に対し、被告の設けている制度等を基準にして相当額を支給することにある。

これにより、遺族は、交通事故によって発生した損害に関する求償権の行使を受けないことになり、広い意味では従業員の福利厚生に寄与することとなるのである。

被告が本件団体定期保険契約を締結した当初の昭和五〇年一〇月一日当時の契約書には、契約申込の趣旨として、「被保険者が死亡または所定の高度障害状態になった場合に死亡保険金または高度障害保険金を支払う仕組の保険です。」と記載されているにすぎず、契約の趣旨欄に福利厚生制度との関連についての記載がなされたのは、その後新たに加えられたものである。

被告は、昭和五〇年当時、団体定期保険が従業員の福利厚生を目的としたものであることを明確に認識しておらず、その後の更新にあたっても、新たな資料は提供されておらず、保険会社の指示のままに事務的に更新がなされてきたにすぎない。

そして、右の欄の記載が、被告の保険金の使途を限定するものではなく、この趣旨に合致しない保険金の費消等があった場合でも契約に基づく保険金支払の効果を左右すべき約定は存在しない。

被告においては、退職金制度はなく、弔慰金は最高五〇万円までとされている。したがって、保険金の使途は、従業員の福利厚生に限定されるものではない。

(2) 本件団体定期保険契約においては保険金受取人は被告とされている。このことは、団体定期保険の趣旨及び目的が遺族への弔慰金や死亡保険金の資金調達にあるとしても、当然に変更されるものではない。

遺族への支払については、弔慰金及び退職金規定の存否及びその内容によるのである。

(3) 従業員が保険料のうち月額一〇〇〇円を負担する趣旨は、保険金の一部を弔慰金に充てるためである。被告の団体定期保険加入は、従業員らの提案によるものであり、この際、保険料の負担についても取り決められた。また、この点については採用面接時に説明し、了承を得ている。なお、被告は従業員一名につき月額二〇〇〇円の保険料を負担していた。

(三)(同4(三)の事実について)

和明ら従業員に対しては、本件団体定期保険契約の趣旨について採用時に賃金体系等労働条件を示す際に説明されている。

現在、債権の担保として生命保険制度が多く利用され、債権者が保険金受取人となる生命保険契約が容認されているように、被告が本件団体定期保険契約の保険金をもって損害の補てんに充てることが直ちに信義誠実の原則や公序良俗に違反するものではない。

労働基準法一六条に違反するとの主張については、同法により賠償予定の禁止が定められている趣旨は、労働者の人身を拘束し、その退職の自由を制約することを禁じることにあり、損害賠償額の最高限を定め、それ以上は労働者に責任を負わせない旨の約定は、最高限を超える実損害額に対する損害賠償責任を免除する限りにおいて有効であり、本件における団体生命保険加入の目的の一つもこの趣旨によるものである。

したがって、本件団体定期保険契約の保険金の受取人を被告とすることは、同法が禁じる人身拘束性も労働者への過大な負担もなく、労働者にとって有利でさえあり、労働基準法一六条違反にはあたらない。

(四)(同4(四)の事実について)

Aグループ保険とBグループ保険の区分けの基準は、保険金の受取人が企業(代表者)にあるか被保険者(従業員及びその配偶者等)にあるかである。

したがって、本件団体定期保険契約をBグループ保険と評価する余地はない。

団体定期保険契約申込書には、保険料分担割合欄があり、契約者と被保険者の保険料を分担する割合を記載するようになっている。したがってAグループ保険においても保険金を被保険者が一部負担することが認められているのである。

5(一)  同5の事実のうち、被告に本件自動車保険契約による自損事故保険金一四〇〇万円を取得する根拠がないとする点については、被告と原告らは、以下のように、右保険金をもって、本件事故による被告の損害を補てんする旨の示談合意をし、これに基づいて精算したのであるから否認する。

(1) 本件事故は、和明が制限速度をはるかに超過する時速一〇〇キロメートルから一二〇キロメートルの高速運転を行い、しかも注意力を欠如したことから生じたもので、その一方的かつ重大な過失によるものである。

被告は、自賠責保険金の支払請求をしたが、支払は不能とされ、その旨の通知は昭和六三年一〇月三一日付けで原告浅子宛になされた。

(2) 被告は、本件事故により、次のとおりの損害を被った。

① 被害者らに対する対人損害支払金額 五四一〇万九八九二円

② 同対物損害支払金額

二〇一七万八〇八〇円

③ 被告の被った車両損害

三〇〇万〇〇〇〇円

④ 見舞い、示談交渉関係費用

四八六万三〇〇〇円

⑤ 本件事故による全損トラックの休車損 五〇〇万〇〇〇〇円

トラックの休車損は、一日当たり二万五〇〇〇円から五万円と見積もられ、被害トラックに代わる新車は八か月後に購入されたので、この間の休車損は少なくとも五〇〇万円を下ることはない。

⑥ 本件事故により、被告が得られなくなった自動車保険料の割引金額

二〇一五万三二九八円

以上合計一億〇七三〇万四二七〇円

(3) これに対して、被告は、その加入していた保険から左のとおりの保険金の支給を受けた。

① 対人損害五四一〇万九八九二円

② 対物保険 五〇〇万〇〇〇〇円

③ 車両保険(保険限度額二二〇万円、免責額五万円)

二一五万〇〇〇〇円

以上保険金合計

六一二五万九八九二円

したがって、右保険金によって補てんされなかった(2)の損害金は四六〇四万四三七八円である。

(4) 自損事故保険金一四〇〇万円は、前記の示談合意に基づいて、被告の右損害の補てんに充てられて清算された。

前記の各保険金の支払が得られたのは、被告が本件事故車両について、自賠責保険につき年間一〇万五五五〇円、任意保険につき年間五六万九九〇〇円の各保険料を負担したことによるものである。

これらの事情及び被告に多額の損害の生じることが予測されたことから、原告浅子は、被告代表者及び保険代理店の長谷川正明との話し合いにおいて、自損事故による保険金一四〇〇万円を被告の損害に充当することを承諾したのである。

(二)  同5の事実のうち、被告に本件団体定期保険契約による保険金二〇〇〇万円を取得する法律上の根拠がないことは否認する。

(三)  同5の事実のうち、被告が原告らに一八二万二九四〇円しか支払わなかったことは否認する。被告は原告らに対し、弔慰金(死亡見舞金)として二二三万八〇〇〇円を支払った。

三  抗弁(相殺及び弁済)

1(一)  本件事故は、和明が緩い下り坂の左カーブを、制限速度をはるかに上回る時速約一〇〇キロメートルから一二〇キロメートルで運行中、前方不注意により、停車中の約四〇台の車の最後尾の観光バスに激突し、その結果、玉突衝突事故を惹起したもので、和明の一方的かつ重大な過失によるものである。

(二)  被告は、前記二5(一)の(1)ないし(3)記載のとおり、本件事故により、金四六〇四万四三七八円の損害を被った。したがって、被告は、和明の相続人である原告らに対し、右損害について、求償権を有している。

(三)  被告は、平成四年三月三〇日の本件第一回口頭弁論期日において、原告らに対する右求償債権をもって、原告らの本訴請求債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

2  被告は、原告らに対し、弔慰金として二二三万八〇〇〇円を支払った。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1(一)の事実のうち、本件事故が和明の一方的かつ重大な過失により発生したことは否認する。本件事故の状況は次のとおりである。

(一) 本件事故が起きる約三〇分前、本件事故現場の約五〇〇メートル先で、大型トラックの事故があり、右事故後、右事故現場に後続のトラックなど約四〇台が停車し、最後尾に大型観光バスが停車していた。和明は、この大型観光バスに追突し、前方の数台の車両をまきこむ玉突事故となった。

(二) 本件事故当時は激しい降雨が断続的に続いており、路面が濡れ、前方の見通しの悪い状態であったから、急ブレーキをかけたものの十分減速できなかったことが考えられ、本件事故の責任をすべて和明に帰することはできない。

(三) 本件事故に関する新聞記事によれば、和明の大型トラックのブレーキ痕がないので、和明の居眠り運転か脇見運転の可能性が高いとされているが、昭和六三年六月一一日に原告らが本件事故現場に行き、事故現場の状況を確認した際には長いスリップ痕が残っており、本件事故の捜査を担当した永原尚哉警部補もブレーキ痕があったと述べているのであるから右報道内容は誤りである。

仮に、事故直前に和明が居眠りをしたとしても、同人は居眠りから醒めて急ブレーキをかけたものの、折からの悪天候のもとで制動距離が不足したものというべきである。

2  抗弁1(二)の事実については次のとおりである。

(一) 対人損害に対する賠償金は、すべて保険から支払われたので、被告の負担はない。

(二) 物損に対する支払賠償金は一九四四万五二〇〇円であり、このうち、五〇〇万円は保険から支払われているので一四四四万五二〇〇円が損害である。

(三) 被告の車両損害の金額には客観的根拠がない。査定の結果保険金二一五万が支払われており、損害はない。仮に二一五万円を上回る損害があっても、損害保険を付保しなかった被告が負担すべき損害である。

(四) 見舞い、示談交渉の費用は、保険会社の従業員がこれを行えば被告の費用として生じなかったものであるのに、保険代理店の長谷川正明が行っていたため、保険金が支払われなかったものであるから、事故と相当因果関係のある損害ではない。

(五) 保険料の割引が得られなかったのは、本件事故のみによるものではなく、本件以外の事故がなければ、優良割引が得られたのであるから、これが得られなかったことによる損害は、本件事故と相当因果関係のある損害とはいえない。

3  抗弁2については、支払を受けたのは、当面の生活費として一七七万二九四〇円及び香典として五万円の合計一八二万二九四〇円である。

五  再抗弁

1(求償権の制限)

(一)  和明の従事していた運送業務は、以下に述べるように、著しい身体的、精神的負担を負わせるものである。本件事故の直接的な原因は和明の不注意にあるにせよ、その真の原因は、被告が和明に対して過酷な運送業務をさせていたことにある。

(1) 和明は、本件事故当時佐藤隆彦(以下「佐藤」という。)と組んで、愛知県小牧市、滋賀県竜王町、長野県松本市を結ぶ竜王線と呼ばれるコースの運送作業に従事していた。

和明と佐藤は一方が小牧出発のコースの時は、他方が竜王出発のコースを運行し(小牧出発コースと竜王出発コースは毎週交代した)、一週間に三回小牧と竜王を往復していた。

(2) 小牧出発コースの運行状況は以下のとおりであった。

月曜日 午後八時ころ、佐川急便の小牧営業所に出社。

午後一〇時ころ、積込作業。

火曜日 午前〇時三〇分ころ、小牧出発。

午前一時ころ、彦根店に到着して荷下ろし作業。

待ち時間ののち、三〇分ほど荷下ろしをする。

荷下ろしは、通常は、午前四時から五時に終了するが、午前七時ころまでかかることもある。

待ち時間中は仮眠を取ることもあったが、早く荷下ろしの順番が来るように他車の荷下ろしを手伝うこともあった。

午前四時三〇分から午前七時三〇分ころ、竜王店に到着。彦根から三〇分程度、空車で回送してくる。

午前九時から午後四時まで仮眠。仮眠室はあったが、これを利用する運転手の出入りがあり、眠れない状況だったので、トラックの中で仮眠するが、冷暖房のためのエンジンの音と振動で熟睡できない。

午後五時から六時ころ、積込作業。

午後六時から七時ころ、食事。

午後七時から一一時ころ、積込作業。

午後一一時ころ、竜王出発。

水曜日 午前〇時三〇分ころ、小牧到着。荷下ろし。

午前一時から一時三〇分ころ、小牧出発。

午前二時ころ、多治見到着。一部荷下ろし。和明は、小牧での待ち時間をなくすために、先に多治見に行き、その後に小牧に戻ることが多かった。

午前三時三〇分ころ、伊那到着。一部荷下ろし。

午前四時ころ、松本到着。荷下ろし。

午前五時ころ、松本出発。小牧に向けて回送。

この途中、食事をとり、仮眠する。

午前八時ころ、小牧営業所に到着。

夜中、小牧を出発する。

木曜日 火曜日と同じ。

金曜日 水曜日と同じ。

土曜日 火曜日と同じ。

日曜日 水曜日と同じであるが、夜の出発はなく、自宅で休める。

(3) 竜王出発の運行状況は以下のとおりであった。

月曜日 夜中、竜王出発。

火曜日 午前〇時三〇分ころ、小牧到着。

午前一時から一時三〇分ころ、小牧出発。

午前二時ころ、多治見到着。

午前三時三〇分ころ、伊那到着。

午前四時ころ、松本到着。

午前八時ころ、小牧到着。

夜中、小牧出発。

水曜日 午前一時三〇分ころ、彦根到着。

明け方、竜王到着。

夜中、竜王出発。

木曜日 火曜日と同じ。

金曜日 水曜日と同じ。

土曜日 火曜日と同じ。

日曜日 水曜日と同じであるが、夜の出発はなく、通常は昼間に竜王から自宅に戻り、自宅で休む。

以上のようなサイクルで、和明は、毎日夜中に出発して朝方到着し、昼間眠るという勤務を続けていた。高速道路での運転はすべて深夜であり、一週間のうちトラック内での仮眠が三日間、自宅での昼間の仮眠は三日間、夜間に自宅において眠ることができるのは一週間のうち一日だけであった。また、運行中の仮眠では熟睡できず、休日、家で眠る場合も周囲が騒がしいため熟睡できなかった。このような、夜勤と昼間の睡眠は、身体的負担の大きなものである。

また、被告での運送の仕事は、運転のみでなく、トラックへの荷積みもしなければならない重労働であった。

(二)  本件事故は、昭和六三年六月九日木曜日午前六時半ころ、松本から小牧に帰る際に起きたものであるから、竜王出発の二回目のサイクルの途中であった。和明は、同年六月六日月曜日の深夜に竜王を出発し、翌七日火曜日の昼は自宅で休み、翌八日水曜日の昼は竜王でトラック内で仮眠し、深夜運転を続けていたもので、月曜以来深夜運転四日目で疲労がピークに達した木曜日の早朝、本件事故を起こしたものである。

(三)  労働過程上の過失については、労働者に故意若しくはこれと同視し得べき程度の重大な過失がない限り、労働者は求償債務を負わないものと解すべきである。

前記のような苛酷な労働条件のもとにおいては、居眠りは不可避であって、和明の過失は軽いというべきであるから、和明に対する求償債権は発生しない。

2(権利の濫用)

本件事故が和明の前方不注意か居眠りのいずれかに起因したとしても、同人は、高速道路の運行という単調な労働に長時間従事し、その疲労がピークに達して生理的にも大脳機能が最も低下する明け方に事故を惹起するに至ったものであり、こうした状況下では事故の発生は不可避である。

被告は、和明を低賃金でこのように過酷で危険な労働に従事させ、その一方で大きな利益を挙げているのであるから、そこから生じる損害は被告の経費によって負担されるべきである。しかるに、被告は、十分な損害保険を付保しないまま放置してきた。

右の事情から、被告の和明に対する求償権の行使は権利の濫用であって、許されない。

3(相殺)

(一)  被告は、従業員を運転手として使用するにあたり、自動車運転に関する注意義務に応じた集中力を維持して業務に維持できるよう、就労環境を整えるべき使用者としての注意義務(安全配慮義務)を怠り、和明が慢性的な過労状態にあるにもかかわらず運転業務を命じたため、本件死亡事故が発生したものである。よって、和明の相続人である原告らは、被告に対し、右安全配慮義務の債務不履行に基づく損害賠償請求権を承継して取得した。

(二)  右債務不履行によって生じた損害額は次のとおり七七〇四万〇九九七円である。

(1) 逸失利益

453万9000円×16.379(死亡時41歳の新ホフマン係数)×0.7(生活費控除を30パーセントとする)=5204万0997円

(2) 慰謝料 二五〇〇万円

(三)  原告らは、被告に対し、平成八年七月一九日の本件第二四回口頭弁論期日において、右損害賠償請求権をもって、被告の求償権と対当額において相殺する旨の意思表示をした。

六  再抗弁に対する認否及び被告の主張

1(一)(1) 再抗弁1の事実のうち、(一)の被告における和明の勤務が苛酷であったことは否認する。和明は、長距離トラック運転手のおかれている通常の労働条件より良好な状況の下で、運転業務に従事していたものである。

(2) 被告における労働時間は、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」及び「一般乗用旅客自動車運送事業以外の事業に従事する自動車運転者の拘束時間及び休息時間の特例について」に定められた基準を超えるものではなく、前記「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」による二週間を平均化し、一週間あたり七八時間を超えないという拘束時間に対する規制及び一日あたり一六時間を最大拘束時間とする旨の規制を超えたトラック運転業務に和明が従事したことはない。

(3) 和明の勤務は以下のとおりであった。

月曜日 午後八時、被告に出勤。

午後八時三〇分ころ、佐川急便小牧営業所着、荷物積込手待ち時間あり。

火曜日 午前一時ころ、小牧営業所発。

午前二時ころ、佐川急便彦根営業所着。同営業所出発までの間、荷下ろし作業を手伝うこともあるが、手待ち時間として休息がとれる。

午前三時から四時ころ、彦根営業所発。空車回送である。

午前四時三〇分ころから五時三〇分ころ、竜王営業所着。午後五時まで睡眠時間等がとれる。

午後五時、竜王営業所で荷積み開始、出発まで手待ち時間。

午後一一時ころ、同営業所発。

水曜日 午前〇時三〇分ころ、小牧営業所着。荷下ろしのため手待ち時間。

午前一時ころ、小牧発、多治見へ。

午前二時三〇分ころ、多治見発。以後、伊那営業所(午前四時ころ発)、松本営業所(午前五時ころ発)を経て、午前八時に被告に帰着する。

木曜日 午前八時、被告出勤。以降、金曜日、土曜日と同じ勤務を繰り返す。

土曜日 午後一〇時ころ竜王発、午後一一時ころ小牧、翌日曜日午前一時ころ多治見発を経て、午前二時ころ被告に帰社、帰宅となる。月曜日午後八時に被告に出勤し、右の勤務を繰り返す。

祝日 休み。

和明の運行ルートは、睡眠施設、休息所及びトラック内のベッド等において睡眠や休息を十分に確保し得たものである。

(4) 被告は、本件事故に関して、被告における勤務条件につき、警察及び陸運局から事情聴取を受けたが、何らの処分も受けていない。

(二) 和明は、睡眠時間や休息にあてるべき時間を利用して一宮方面に戻り、競輪をしていた。

(三)(同(三)の事実について)

和明には、仮眠や休息をとる等して体調を管理し、かつ、当日の気象条件をも考慮して運行すべき義務があったものである。これらの義務を怠り、さらに時速一〇〇キロメートルから一二〇キロメートルの高速度で運転した和明の過失は軽過失とはいえない。

2 再抗弁2の事実のうち、被告の安全配慮義務違反及び和明の業務が危険な業務であったことを否認する。

3 再抗弁3の事実のうち、被告が安全配慮義務の遵守を怠った点については否認する。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1の事実、同2(一)の事実(保険金支払日を除く。)、同2(二)の事実のうち、被告が本件団体定期保険契約に基づき、保険金二〇〇〇万円を受領した事実、同3の事実のうち、本件自動車保険契約の自損事故保険金の受取人が原告ら遺族となっていること及び同4(一)の事実のうち本件団体定期保険契約につき和明が被保険者としての同意をした事実はいずれも当事者間に争いがない。

そして、甲一三号証の三〇及び三二号証の一、二によれば、請求原因2(一)について、本件自動車保険契約による自損事故保険金が昭和六三年一一月二五日に支払われたことが認められ、甲八号証の一ないし七、九号証、二八号証及び乙五号証によれば、請求原因2(二)について、本件団体定期保険契約の締結、更新の経過及びその保険契約の内容が同欄記載のとおりであり、その保険金二〇〇〇万円が、昭和六三年一〇月七日、被告に支払われた事実を認めることができる。

2  本件自動車保険契約による自損事故保険金について

被告は、前記のとおり、和明が本件事故当時運転していた車両について、三井海上との間で本件自動車保険契約を締結していたところ、右保険契約に適用される自動車保険普通保険約款(甲一号証)によれば、右保険契約による自損事故保険金(死亡保険金)一四〇〇万円は、被保険自動車の運転者の相続人に支払うこととされている(同約款第二章二条、五条)から、右保険金は、原則として和明の相続人である原告らに帰属することになる。

これに対して、被告は、右自損事故保険金は、原告らとの間で成立した示談合意に基づき、被告が本件事故によって被った損害の賠償に充てることになって清算された旨を主張し、証人長谷川正明及び被告代表者本人は、昭和六三年一一月中ごろ、原告浅子から、右内容の合意のもとに、原告らの保険金請求及び受領の委任状と印鑑登録証明書等の交付を受け(甲一三号証の一三ないし一七)、それとともに、被告はそれ以上の損害が発生した場合でも求償権を行使しないこととし、原告らに同年末まで毎月三〇万円宛を支払った旨前記の主張に沿う供述をしている。

しかし、被告の示談合意の主張については、契約書や念書など、一四〇〇万円という比較的高額な保険金の清算に関する示談合意を裏付けるに足るべき的確な証拠はなく、他方、原告浅子本人は、自損事故保険金の請求及び受領に関する前記の委任状等を作成交付した事実はあるが、右の保険金を被告の損害の賠償に充てる旨の合意をしたことはない旨供述しており、これらと対比検討してみると、被告主張にかかる示談合意が成立したことを認めるのは困難といわざるを得ない。

3  本件団体定期保険契約の保険金について

被告が昭和五〇年一〇月一日以降、明治生命との間で、被告を保険金受取人、被告従業員を被保険者として団体定期保険契約を締結し、和明も、昭和五六年六月に被告の運転手として雇用されて以来、本件団体定期保険契約の被保険者となったこと、和明は、右保険契約について被保険者として同意したこと、本件事故によって、和明に掛けられた保険金二〇〇〇万円(主契約一〇〇〇万円、災害保障特約一〇〇〇万円)が、昭和六三年一〇月七日、保険金受取人である被告に支払われたこと、これらは前記のとおりである。

被告は、和明が被告に雇用され、本件団体定期保険契約の被保険者としての同意をした際、右団体定期保険の保険金は、先ず被告の損害の補てんに充て、残額があれば、和明又は遺族に見舞金ないし弔慰金として交付するとの約定を和明との間で交わした旨を主張し、証人長谷川及び被告代表者本人はこれに沿う供述をしている。そして、前記摘示のとおり、和明は、毎月の給与から一〇〇〇円を本件団体定期保険契約の保険料として控除され、これを負担していたことは当事者間に争いがなく、被告代表者本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、被告が右和明の負担分に対応して月額二〇〇〇円程度の保険料を負担していたことが認められるところ、被告代表者本人は、和明が右のとおり保険料の一部を負担していたのは、前記のとおり、本件団体定期保険契約の保険金を被告の損害の補てんに充てたうえ、なお残額があるときに、これが和明又はその遺族に支払われれるためである旨を供述している。

しかしながら、証拠(甲七号証、一〇号証、一一号証、一五号証、一八号証ないし二一号証、二四号証、二五号証の一ないし六、二七号証、三〇号証、三一号証、三四号証、五四号証、六四号証、六八号証ないし七〇号証、七七号証、七八号証の一ないし三、七九号証、八〇、八一号証の各一、二、八三号証ないし八九号証、一〇二号証、乙七号証)によれば、団体定期保険は、本来、従業員の死亡や高度障害の事態に備えた福利厚生ないし遺族の生活保障の措置として、障害給付金、退職金及び弔慰金等の支払を目的とする保険制度であり、そのため支払保険料については損害処理が許されるなど税務上の特典も認められており、保険料も個別の保険契約よりも割安になるなどの特質をもつものであって、これが企業の損失の補てんや従業員に対する求償権の賠償を目的として流用すべき制度ではないこと、団体定期保険契約は、企業がその従業員を被保険者として契約する生命保険契約であり、このような他人の生命の保険契約は、保険金目的の犯罪を誘発したり、賭博保険や人格権侵害の恐れがあるので、こうした危険を防止するため、商法六七四条一項により被保険者の同意があることを要件とするものであって、その濫用的な運用は許されないものであること、ところが、こうした団体定期保険の制度本来の趣旨目的を逸脱し、これを濫用する事例が後を絶たないことから、昭和五三年ころより大蔵省の行政指導が強化され、そのころ以降、団体定期保険の申込書に、その付保の趣旨目的が企業の弔慰金制度や退職金制度等従業員の福利厚生にあることを明記される取扱いが一般化したこと、被告の給与規定中には遺族に対する弔慰金の規定があるが、その金額は業務に直接起因した死亡について死亡贈与金五〇万円と、香花料二万円の支給を上限とするものであり、退職金制度は設けられておらず、従業員の福利厚生制度としては十分とはいえないこと、以上の事実が認められる。

そして、本件団体定期保険契約については、前記のとおり、その保険料の三分の一程度は従業員である和明が負担してきたことが明らかであるところ、このような保険料の負担をしてきた和明において、本件団体定期保険契約加入の目的が、第一次的に被告に生じた損害の補てん等にあって、自己やその遺族には、補てん後の残額があった場合にだけその残額の支給を受けるということで了解していたとは、にわかに首肯し難いというべきである。むしろ、和明が、右のように保険料の少なからぬ割合を負担していたという事実は、和明自身が、本件団体定期保険契約の保険金から、相当額の見舞金ないし弔慰金の支払を受けるものと見込んでいたことを推測させ得るものであるのみならず、被告においても、和明のそのような認識を了知していたことを窺わせるものといわなければならない。前段認定の諸事実に右の事情を併せて勘案してみると、被告が本件団体定期保険契約を締結した趣旨目的は、特段の事情が認められない限り、その保険金をもって、従業員に対する福利厚生ないし遺族の生活保障のため、高度障害の場合の給付金や死亡の場合の遺族に対する弔慰金の支給を目的としたものと解すべきである。

そして、以上のような本件団体定期保険契約の締結の趣旨目的から、被告は、その被保険者となった和明に対し、その保険金をもって、右の見舞金ないし遺族に対する弔慰金を支払う旨を約したものと解するのが相当である。

なお、本件団体定期保険契約に関する申込書としては、昭和五〇年一〇月一日からの保険契約に関する同年九月二五日付け申込書(甲八号証の二ないし四)が存在するのみであり(明治生命に対する調査嘱託の結果等によれば、本件団体定期保険契約の申込書は、その後の更新時のものも含め、右の当初の申込書以外には存在しないとのことである。)、右申込書には、前記の昭和五三年以降の申込書のような付保目的を明示している項目は見あたらないが、団体定期保険契約の制度目的は、もとより前記大蔵省の指導強化の前後で変化があるわけではなく、また、和明が被告に雇用されて本件団体定期保険契約の被保険者となった昭和五六年ころには、団体定期保険の前記の制度目的は、一層明確化されて周知が進んでいたものと解されるから、右の申込書に付保目的についての明確な記載がないことをもって、通常の団体定期保険契約に伴うものとは趣旨目的の異なる被告主張のような合意が、和明との間に交わされたものと解することはできない。他に前記の特段の事情があることを認めるに足る証拠は見あたらない。

したがって、被告は、本件団体定期保険契約に基づいて支払われた保険金をもって、和明の遺族に対し、弔慰金の支払をすべきものであるところ、その保険金額が、弔慰金としての趣旨に照らして相当額を超えるものである場合には、その超過部分を従業員に支給させるのは、これまた理由のないことであって、従業員もそれを取得したり、自己又は遺族にこれを支払うよう請求する法的根拠はないというべきである。

そこで、本件団体定期保険契約について和明に掛けられた保険金額合計二〇〇〇万円が、和明の死亡に伴って原告ら遺族に支払われる金額として相当であるかというに、同人の被告における運転手としての稼働年数が七年間程度であることや同人の昭和六二年度の年間給与及び賞与等の総額が四五三万九〇〇〇円であること(甲二六号証)、また企業における弔慰金のおよその支給水準(甲一五号証)その他の事情に照らすと、和明の死亡に伴い弔慰金として右の金額は過大といわなければならない。本件において、この弔慰金としての相当額を判定するについては、同人の前記稼働年数や年収額、弔慰金のおよその支給水準等を考慮するほか、本件について特に認められる事情として、前記のとおり、和明が本件団体定期保険契約の保険料の三分の一程度を負担してきたことが考慮されなければならない。また一方、本件においては、前述のとおり、被告において和明の運転していた車両に本件自動車保険契約を付保しており、その自損事故保険金(死亡保険金)として一四〇〇万円が原告ら遺族に支給されることになり、その金額も相当高額であって、このことを度外視するのも相当とは解されないから、この事情をも考慮すると、本件団体定期保険契約の保険金二〇〇〇万円のうち、弔慰金支給の付保目的に照らして支払われるべき相当な金額は、右保険金のおよそ三分の一にあたる七〇〇万円をもって相当と認めるべきである。

もっとも、右のとおりの付保目的を超える保険金部分も、その全額を従業員に支払わせるのが、企業による団体定期保険制度の濫用的な運用を防止するために有効であるとの考えもあり得るが、右のような弊害を防止するためとはいえ、従業員にとっても理由のない利益を取得させることは、それ自体また正当なこととはいえず、右団体定期保険制度の濫用防止策は別途に検討すべきものと考えられるから、右のような見解には与し難い。また、右のように個別の事情に応じて弔慰金として支払われるべき相当額を判断するのでは、その金額の予測に困難があることは否定できないが、もともと、団体定期保険制度本来の運用を外れた病理的な事案について、予め明確な判断基準を求めること自体が無理なのであって、事案ごとに個別の判断作業を行う必要が生じるのはやむを得ない。

そうすると、本件団体定期保険契約の保険金として明治生命から被告に支払われた二〇〇〇万円のうち七〇〇万円は、被告から和明の相続人である原告らに対し弔慰金として支払われるべきものと認められる。

4  遅延損害金について

本件自損事故保険金は、被告が保険金の支払を受けた後、速やかに原告らに支払うべきであるから、被告がその支払を受けた日の翌日である昭和六三年一一月二六日以降、また、本件団体定期保険契約の保険金による弔慰金は、相当期間内に支払うべきものと解されるから、被告がこれを受領した同年一〇月七日の後で、遅くとも支払期が到来していると認められる同年一一月二六日以降、それぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければない。

二  相殺の抗弁について

1  本件事故の態様と和明の過失

前記当事者間に争いがない事実と証拠(甲一二号証の一ないし六、一三号証の八ないし一〇及び二〇、一七号証、三三号証、四七号証、乙一号証、二号証、四号証、八号証の一及び二、一一号証)及び弁論の全趣旨によれば、本件事故は、後に述べるとおり、和明が月曜日に竜王を出発するコースの二回目の運行途中で、松本から小牧へ帰る際、昭和六三年六月九日午前六時三〇分ころに、長野県飯田市山本地籍中央自動車道西宮線下り線高井戸起点257.3キロポスト付近において発生したものであること、本件事故現場付近は、緩い下り坂の左カーブで、事故当時、激しい雨が断続的に降っていたため、最高速度は時速五〇キロメートルに制限されていたこと、事故現場付近では、本件事故発生の三〇分ほど前に、別のトラックが路肩のガードレールを突き破って転落し、積荷の脱脂粉乳が散乱する事故があったため、多数の車両が連なって停車していたが、和明の運転する大型貨物自動車は、その最後尾に停車していた大型観光バスに追突したこと、右追突のはずみで、大型観光バスは、前方に停車中の車両に追突し、結局四台の車両を巻き込む玉突事故となったこと、この事故により大型観光バスは前後部を大破し、和明の運転する大型貨物自動車も前部の運転席部分が潰れて大破し、和明が死亡したほか数十人の負傷者を出す事故となったこと、これらの事故状況や各車両の破損の状況及び和明運転車両のタコメーターの記録等からして、和明の運転する大型貨物自動車は、時速一〇〇キロメートル前後の高速度で前記観光バスに追突したものと見られること、以上の事実が認められる。

右の諸事実によれば、本件事故は、和明が、折からの悪天候で視界や路面の状況が悪かったにもかかわらず、制限速度を大幅に上回る高速度で大型貨物自動車を走行させたうえ、前方注視を怠ったことによって引き起こしたものと認められ、その走行状況からすれば、和明は脇見か居眠りをしたことが推測される。いずれにせよ、和明の大型自動車を運転する者としての注意義務違反の程度は大きいといわなければならない。

原告浅子本人は、警察官から事故現場にスリップ痕があると聞かされ、現場でこれを確認した旨を供述しているが、これを裏付けることのできる資料はないし、仮に和明が制動措置を取っていたとしても、前記の運転態様に照らせば、その過失が軽いとは到底認められない。

2  本件事故による被告の損害

(一)  本件事故によって被告に生じた損害のうち、被害者らに対する対人損害の賠償金は、被告が付保していた任意保険によって全額補てんされたこと、対物損害の賠償金についても保険金により五〇〇万円が補てんされたこと及び被告の車両損害について保険金二一五万円が支払われたこと、これらはいずれも前記のとおり当事者間に争いがない。

(二)  被告が対物損害の賠償金として支払った額は、乙一四号証ないし一七号証により一九四四万五二〇〇円の限度で証明があり、右保険金五〇〇万円によって補てんされたその残額は、一四四四万五二〇〇円となる。

乙二三号証及び証人長谷川の証言によれば、見舞い及び示談交渉関係費用として四八六万三〇〇〇円の支出があったものと認められるが、証人大江金男の証言によれば、示談交渉は保険会社の担当者が行うときは保険金で賄われる余地があるものと認められるので、右出費額のほぼ五割にあたる二四〇万円を限度に相当因果関係のある損害と認めることにする。

被告の車両損害については、査定の結果支払われた保険金二一五万円を上回る損害があることを認めるに足る証拠はない。

被告の保険料の増加分についてみるに、保険事故の発生とそれによる保険料率の変動は、保険契約において予め予定されているものであって、保険事故は、その変動の予定された契機となるに過ぎないから、保険料率が変動し、保険料が増加したことによる出費は、事故と相当因果関係のある損害ではないと解すべきである。それが従業員によって損害として補てんされるとすれば、保険契約者である被告は、実質的に常に優良な割引料率で保険契約を継続することができるに等しいが、そのような利益は、本来被告が保有するものではないからである。

証人長谷川の証言及び弁論の全趣旨によれば、被告の本件事故車両について一日当たり少なくとも二万五〇〇〇円の休車損害が発生したことが認められ、新車購入に必要な期間を二か月間、一か月の稼働日数を二五日とする限度でこれを認めるのが相当であり、その休車損害は一二五万円となる。

(三)  そうすると、本件事故によって被告が被った損害について保険などにより補てんを受けていない額は、前記の対物損害の賠償金残額と見舞い及び示談交渉関係費用及び休車損害の合計一八〇九万五二〇〇円ということになる。

三  再抗弁について

1  証拠(甲三三号証、乙一二号証、一三号証、二九号証、証人佐藤隆彦、同杉山精稔、原告浅子本人)及び弁論の全趣旨によれば、被告における和明の運転業務の内容は、通常以下のとおりであったと認められる。

(一)  和明は、同僚運転手の佐藤隆彦と組んで、愛知県小牧市、滋賀県竜王町、長野県松本市、愛知県小牧市を結ぶ竜王線と呼ばれる運行ルートの運送に従事し、両名が小牧出発のコースと、竜王出発コースを一週間交代で交互に担当し、一週間に三回右のコースを往復していた。

(二)  そして、小牧出発コースの運行状況は、原則として以下のとおりであった。

月曜日 午後八時ころ、佐川急便の小牧営業所着。

午後八時から、積込作業。午後一〇時ころまでは、待機すればよいが、午後一〇時ころになると荷物の量が増える。荷物が流れるベルトコンベアーからローラーにはアルバイト従業員がこれを移し、運転手は、ローラーから自分のトラックに積み上げる作業を行う。その後、小牧営業所を出発する。

火曜日 午前〇時三〇分ころ、小牧営業所を出発。

午前一時ころ、彦根店着。待ち時間の後、三〇分ほど荷下ろし作業。トラックからローラーを利用し、ベルトコンベアーまで、荷物を押し出す。

午前四時三〇分ころから、七時三〇分ころまでの間に竜王着。

その後、仮眠をとる。仮眠室はあるが、人の出入りがあるため、車の中で眠る。

午後五時ころから積込作業。小牧営業所と同様の作業をする。途中食事をとり、午後一一時ころ、竜王出発。

水曜日 午前〇時三〇分ころ、小牧着。待機ののち、荷下ろし。

午前一時から一時三〇分ころ、小牧出発。

午前二時ころ、多治見着。一部荷下ろし。

午前三時三〇分ころ、伊那着。一部荷下ろし。

午前四時ころ、松本着。荷下ろし。

午前五時ころ、松本出発。途中食事及び仮眠をとり、午前八時ころ、小牧に戻る。

夜中、小牧を出発する。

竜王から先に多治見に行き、その後、小牧、伊那、松本と回ることもある。

水曜日の夜、小牧を出発し、木曜日、金曜日で同様のコースを回り、金曜日、土曜日、日曜日で同様のコースを回る。

日曜日には、荷物が少ない場合、多治見から直接帰ることもできた。

(三)  竜王出発のコースの運行状況は、以下のとおりであった。

月曜日 夜中、竜王出発。

火曜日 午前〇時三〇分ころ、小牧到着。

午前一時から一時三〇分ころ、小牧出発。

午前二時ころ、多治見到着。

午前三時三〇分ころ、伊那到着。

午前四時ころ、松本到着。

午前八時ころ、小牧到着。

夜中、小牧出発。

水曜日 午前一時三〇分ころ、彦根到着。

明け方、竜王到着。

水曜日の夜、竜王を出発し、木曜日、金曜日で同様のコースを回り、金曜日、土曜日、日曜日で同様のコースを回る。

2  和明は、久しく右のようなローテーションによって運送業務に従事していたが、昭和六三年六月九日木曜日の早朝、竜王出発のコースの二回目で、松本から小牧に向けて大型貨物自動車を回送する途中、本件事故を惹起したものと認められる。

和明の勤務の内容は、夜間の運転走行と昼間の仮眠が繰返されるものである点において、比較的厳しい労働と認められるが、一方、和明の勤務は、右判示のとおりの規則的勤務であり、各営業所間の走行時間は、三〇分ないし一時間三〇分程度か、それ以上の区間でも、途中で食事や仮眠をとることができる行程と認められる。

荷積み、荷下ろし作業については、各営業所にベルトコンベアー、ローラー等の設備が備えられており、アルバイトの従業員がこれを利用して右作業に従事する営業所では、運転手は、これらの作業の一部を分担することで足る。アルバイトの従業員がいない営業所でも、これらの設備は備えられており、また、他の貨物車の荷積み、荷下ろしの間は待機時間または休憩時間となっている。

また、日曜日午前八時ころから、月曜午後八時ころまで及び祝日が休日となっており、自宅で休むことができる。

以上のとおり、右1項冒頭掲記の各証拠と、甲九四号証、乙三五、三六号証の各一、二によれば、昭和五四年一二月二七日に労働省が定めた「自動車運転者の労働時間等の改善基準」及び同省の平成元年三月一日付け通達(「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準について」及び「一般乗用旅客自動車運送事業以外の事業に従事する自動車運転者の拘束時間及び休息期間の特例について」)に抵触するものではないと認められる。

証人佐藤の証言によっても、同人や和明が、竜王線の運送作業について日頃過労を訴えたり、担当コースの変更を希望するなどしていたようには窺われない。

また、和明の勤務態度は、平素特に問題があったようには窺えず、その勤務成績は普通であったものと推認される。

3  右のような和明の従事していた業務の性質、労働環境及び平素の勤務態度、また、前認定のとおり本件事故について和明の過失が重いと認められること、被告が任意保険に加入して損害の補てん措置をとっていたこと等一切の事情を考慮すると、和明に対する求償権の行使が権利の濫用にあたるとは認められれず(再抗弁2)、また、被告に安全配慮義務の懈怠があったとも認められない(再抗弁3)。

しかしながら、右の諸事情のほか、和明の従事していた業務は、深夜走行を中心とする大型貨物自動車の運転業務であって、それ自体に事故発生の危険性を帯有する義務であること、被告はこうした業務を企業活動として収益をあげているものであること、これらを考慮すると、被告の求償権の行使については、信義則上これを相当な範囲内に制限すべきものと解され、前記の諸事情一切に照らすと、これを被告の損害額の三割五分に制限するのが相当と認められる。したがって、被告の和明に対する求償権の金額は、前記の一八〇九万五二〇〇円の三割五分にあたる六三三万三三二〇円となる。

四  そうすると、被告は、原告らに対し、自損事故保険金一四〇〇万円の引渡しと、本件団体定期保険契約の保険金から弔慰金として七〇〇万円を支払う義務があるところ、乙六号証、被告代表者本人の供述並びに弁論の全趣旨によれば、被告は、既に弔慰金に相当する金額として合計二二三万八〇〇〇円を支払ったことが認められる(抗弁2)から、弔慰金としての保険金の未払残額は四六七万二〇〇〇円になる。

また、被告が、前記求償権による相殺の意思表示を平成四年三月三〇日の本件第一回口頭弁論期日において行ったことは本件記録上明らかであるが、弔慰金については、労働基準法二四条の全額払いの原則に照らして相殺することが許されないと解されるから、これを自損事故保険金一四〇〇万円の引渡請求権と対当額で相殺するものとし、その残額は七六六万六六八〇円となる。

これら未払残額の合計は一二四二万八六八〇円となるところ、原告らはこれを法定相続分によって取得したものと解されるから原告浅子についてはその二分の一の六二一万四三四〇円、原告千絵及び原告竜吾については、各四分の一の三一〇万七一七〇円宛を取得したことになる。

(なお、原告は、前記事実欄第一の請求の趣旨欄及び第二の請求原因欄4(三)記載のとおり、選択的な請求をしているが、本件団体定期保険契約の保険金給付の趣旨目的及び最終的に遺族らに支払われるべき保険金総額は、既に説示したところと同一に帰するものと解される。)

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、本件団体定期保険契約による保険金及び本件自動車保険契約による自損事故保険金のうち、原告浅子に対し六二一万四三四〇円、原告千絵及び原告竜吾に対し各三一〇万七一七〇円宛並びにこれらに対する弁済期後である昭和六三年一一月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六四条本文、六五条一項本文を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中村直文 裁判官真鍋麻子 裁判官後藤隆は転補につき、署名押印することができない。裁判長裁判官中村直文)

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